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大阪高等裁判所 昭和32年(ナ)2号 判決

原告 大窪春次

被告 奈良県選挙管理委員会

主文

本訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三一年一〇月二二日行われた奈良県添上郡大柳生村長たる原告の解職賛否投票の効力に関する訴願について、昭和三二年一月二四日被告のなした訴願棄却の裁決はこれを取消す。右解職賛否投票は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因並びに被告訴訟代理人の本案前の抗弁に対する答弁として次のとおり陳述した。

一、原告は昭和三〇年四月三〇日奈良県添上郡大柳生村(以下大柳生村または村という)の村長に当選し翌五月一日就任したが、地方自治法(以下単に法という)第八一条による村民の村長解職請求により昭和三一年一〇月二二日施行された原告の村長解職賛否投票(以下単に賛否投票という)の結果原告の解職が公表せられ、形式的にはその職を失つた。そこで、原告は同年一一月五日村選挙管理委員会(以下選管委員会または委員会という)に対し右賛否投票の効力に関し異議の申立をなしたが、同月一四日右申立を却下されたので、更に同年一二月三日被告に対し訴願書を提出し右訴願書は同月一二日補正のうえ受理されたが、昭和三二年一月二四日右訴願棄却の裁決がなされ、裁決書の送達を受けた。

二、然し、右村長解職賛否投票並びにこれに至る迄の解職請求者の法定数の決定、署名の効力の決定、請求要旨の公表、その他法に規定せられる一連の行政行為たる解職請求の手続は左記の如く適法に構成せられていない委員会の管理の下に執行せられたもので、かかる違法の機関によつてなされた原告の解職賛否投票は無効である。

大柳生村での選挙管理委員(以下選管委員、または委員という)は昭和三〇年七月三〇日の村議会で指名推薦の方法により委員として浜口雄太郎、松本慶三郎、中畑喜一、補充員として滝尻孝治郎、上手金一郎、新井喜六の各三名が指名せられ、右の補充員の序列も右列記の順序とされた。

その後委員中中畑喜一が辞任し後任に補充員滝尻孝治郎が補欠せられたので、昭和三一年八月一五日当時の委員会の構成は委員長浜口、委員松本、滝尻の三名で補充員が上手、新井の二名であつた。そしてこの委員会の構成はその後も適法に変更せられたことがなかつた。ところで本件解職請求について委員会が表面に現われたのは同年八月一八日同委員会委員長新井喜六の名で村長(原告)に対し解職請求署名簿の貸出を請求したに始まり、その後の右賛否投票並びにそれに至る迄の一連の解職請求手続の管理執行は委員長新井、委員滝尻、上手の三名の構成による委員会の名で行われたものである。従つて、右は適法な委員会とみることはできない。

尤も浜口委員長は昭和三一年八月一一日委員長を辞する旨の書面を松本委員の委員辞職届と同封し被告に提出した事実はある。然しこれは当時委員会の職員が解職されて事務が捗らず、また、委員中には同村農業協同組合の監事があり、その息子が同組合の職員であるので委員会内部の秘密が外部に通じるおそれがあり、委員長として本件署名簿の審査を果す自信を失つたので、被告の指示を求めたところ、後日行詰りの際に具えて予め委員長の辞職届を提出しておけとのことであつたため、右八月一一日松本委員と相談の上同人の辞職届と同封し厳封の儘被告に預けたが、被告は如何なる理由か(受理権限がなかつたためと思う)同月一五日に至つて右両名の辞職届を浜口に下戻してきたのである。ところで、浜口委員長は同日偶々出会つた滝尻委員から同人が被告から示された委員会の在り方について説明したいというのでこれに応じ、偶々右下戻された辞職届を携行し、同日午後三時頃同村役場会議室において来会せた松本委員と共に滝尻委員からメモによつて被告の指示事項の説明をきいた上浜口一人がその儘帰宅したが、その際右下戻された辞職届(厳封のもの)を会議室の机の上に置去りにしておいたにすぎない。従つて、当日浜口、松本等が正式に辞職届を委員会に提出したことなく、委員会でこれを受理したこともない。更に、同日の会合は浜口委員長が招集した委員会というのではなく、また、これを正式委員会に切替えられたこともない。そして同日浜口委員長の帰宅後及び翌一六日に松本、滝尻両委員や新井補充員等が会合し協議を行つたようであるが、それは単なる私的会合での協議に止まる。

三、仮りに被告主張の如く右八月一五日浜口の帰宅後松本委員等によつて松本を委員長代理として、浜口委員長の退職が議せられたとしても、法的には何等の効力なく、而も、浜口は委員辞退の意思表示をしたことは全くなく、委員に欠員を生じていないので、同人の関与なくしては委員会は成立しない。それ故浜口の関与なくして同日及び翌一六日に権限のない委員長の下に欠員のない委員長や委員の更迭、補充が協議せられたとしても、それは一部の委員等の策動による私的の会合とみる外はない。

四、更に左記の観点からみても本件解職請求手続に関与した前記委員による委員会の構成は適法になされたものではない。

(イ)  大柳生村での委員並びに補充員が前記の如く指名推薦の方法により選挙せられたのは違法である。一般に地方自治体の議会の選挙については法第一一八条第一項により公職選挙法第四六条、第四八条、第六八条、第九五条、第四号が準用せられ原則として投票の方法によることを要し、只法第一一八条第二項により議員中に異議のない場合に限り指名推薦の方法が許されるけれども、法第一八二条第一項の選管委員の選挙の場合は法第一一八条第三項で委員中に欠員がある場合の補欠順序を定めその順序は選挙の時が異るときは選挙の前後により、選挙が同時であるときは得票数により、得票数が同じであるときはくじによつて決める旨を規定しているので、補充員については必ず順位が必要であつて、順位の決定には得票数を知ることが必要である。そして、得票数は投票による以外に求めえないことから推して、この委員の選挙だけは得票数を知ることが不可能な指名推薦による選挙は許されないものと解せざるを得ない。従つて、大柳生村の選管委員は適法に選ばれたものでない。(青森地裁、昭和二三年(行)第三七号事件判決行政月報第二〇号一〇五頁参照)

(ロ)  仮りに選管委員の選挙にも指名推薦による方法が許されるとしても、法第一一八条第三項によると指名推薦による場合は被指名人を以つて当選人と定めるかどうかを更に会議に諮り会議員の合意を得ることが絶対に必要とされるところ、大柳生村での前記委員の選挙ではただ指名推薦の方法を用いることについて会議員の同意があつたが、選挙された被指名人を更に当選人と定めるかどうかについては全く村議会に諮つていない。右は乙第一号証(村議会議事録)の記載によつても明らかであるので、会議当日は未だ委員及び補充員の当選が決定されていないし、その後もこれを決定された事実がない。それ故この人々の構成によつては適法な委員会を構成しえない。本件賛否投票の管理執行はこの点だけでも無効である。

(ハ)  仮りに、右委員並びに補充員の選挙が適法であるとしても、右選挙で補充員の序列を定められたことは既述のとおりであつて、右補欠当時(昭和三一年八月一五日)の補充員は第一順位者が上手金一郎第二順位者が新井喜六であつたのであるから、第二順位にある新井喜六を浜口委員の後任に補欠せられたのは法第一八二条第三項に違反するので右補欠は無効である。従つて、以後新井を委員とし或は委員長とする委員会の構成は違法である。

五、以上の如く、本件解職賛否投票は違法の機関によつて管理執行せられたもので当然無効であり、従つて原告の村長解職も無効である。然るに、被告においてこれらの諸点を看過し原告の訴願棄却の裁決処分をしたのは違法である。而して、右委員会の構成が違法である以上、その後昭和三一年一一月四日同一委員会の管理執行した選挙の結果秋田秀雄が同村長に選挙せられたのも無効であり、一方原告の任期満了日は昭和三四年四月三〇日であるから、原告は本訴請求の利益を有する。よつて、被告に対し右裁決処分の取消と右村長解職賛否投票の無効なることの宣言を求める。

六、被告訴訟代理人の本案前の抗弁についての答弁として、奈良県知事が被告主張の日その主張の如く大柳生村を奈良市に吸収合併する旨決定し、かつ、その主張の日内閣総理大臣からその旨の告示がなされた事実は争わない。然し、原告は右大柳生村が奈良市へ合併された現在において同村長に復職しえない訳ではあるが、なお、次の理由により本訴を維持する利益を有する。即ち、(一)本訴は被告の裁決処分の取消を求める部分は行政事件特例法第二条の抗告訴訟であり、村長解職賛否投票の無効宣言を求める部分は同法第六条の関連請求に該る。そして、本訴は行政監督の一手段で公益全体の利害と直接関係をもつことは勿論であるが、同時に行政作用に対する人民の権利利益の救済制度であり、被解職者個人の権利を遊離するものではない。被解職者は無効の賛否投票により自己の権利を毀損されるのである。この権利の範囲は感情的道義的な利益、或は法の反射的利益を除いた公権、私権等一切の財産権、身分権乃至自由権を包含する。そして本訴は対世的効力があり、確定判決で投票の無効が確定すれば右賛否投票の日に遡及して原告の解職が無効となり失職しなかつたことになる。而して、原告は(イ)法第二〇四条により大柳生村の村長として同村の奈良市への合併に至る迄同村に対して給料及び旅費の請求権を回復する利益がある。また、(ロ)本件解職請求による不名誉を回復する利益がある。(ハ)なお、奈良市では被吸収合併村の村長を同市参与の職に充てるので、原告も亦本件解職投票が無効と確定されることによつて右奈良市参与に就任する利益があるので、この意味からしても本訴を維持する利益がある。

七、被告訴訟代理人の本案の答弁については右原告の主張に反する部分は否認する。

と述べた。

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として主文と同旨の判決を求め、原告の元村長であつた大柳生村は法第七条により昭和三二年八月二七日奈良県知事において関係市町村の申請に基き同村を奈良市に吸収合併する旨決定をなし、同月三〇日内閣総理大臣からその旨の告示がなされた結果廃止され同年九月一日以後消滅に帰し、従つて、同村長の地位も右廃止と同時に存在しなくなつた。本件訴訟は昭和三一年一〇月二二日行われた同村長たりし原告の解職賛否投票に関するもので、公益的性質を有する所謂民衆訴訟であり、単に個人の利益に関する当事者訴訟と異り、公益全体の利害と直接の関係をもつので判決の効力は既往に遡つて生じない。そして、この訴訟は係争投票の無効を対世的に宣言し自治団体の長たりし原告の地位を回復するところに意義があるので前記の如く大柳生村が既に廃止により消滅し、原告の主張する同村長の職が存在しない現在原告の請求する同村長への復帰は事実上不可能であるので、本件訴訟を求める法律上の利益がない。原告訴訟代理人は原告の名誉回復、若くは給与、旅費等財産上の請求に関する利益があるというが、かかる利益はその性質上給付義務者を対象とする訴訟において主張すべく、民衆訴訟において主張しうべきものでない。よつて、原告の本訴請求は却下さるべきであると述べ、

次に本案について原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中原告がその主張のように大柳生村長に当選し就任したこと、その後村選管委員会の名で管理執行の下に昭和三一年一〇月二二日施行せられた原告の村長解職賛否投票の効力に関しその主張のように被告に訴願を提起しこれにつき被告が訴願棄却の裁決をなしたこと。右委員会の委員及び補充員は昭和三〇年七月三〇日の村議会において指名推薦の方法により委員として浜口雄太郎、松本慶三郎、中畑喜一、補充員として滝尻孝治郎、上手金一郎、新井喜六が指名され、その後中畑委員が辞職し、昭和三一年八月一五日当時(但し同日午後三時頃後記の如く浜口が委員並びに委員長を辞職する迄)の委員会が委員長浜口、委員松本、滝尻の三名で構成せられ補充員が上手、新井の二名であつたこと、本件解職請求手続を管理した委員会の構成員が原告主張の如く委員長新井、委員滝尻、上手の三名であつたことは争わないが、爾余の事実は争う。

一、原告は村長就任以来日の丸村政と号として専断的施政をなし、村議会の不信任決議を受けるやこれを解散し、総選挙の結果村議会が成立したが、村会召集の請求に耳を藉さず、遂に村民のリコール請求となり、昭和三一年八月、村長解職請求者署名簿が委員会に提出せられたが、原告はリコールの成立することをおそれて署名簿及び選挙人名簿等の文書を引渡さずこれを抑留した。(この件はその後司法権の発動するところとなり奈良地方検察庁は原告を地方自治法違反として起訴したものである。)而して、当時右委員会は前記のように委員長浜口、委員松本、滝尻の三名であつたところ、浜口、松本両名は村民の解職請求と時恰も署名簿の審査期間中であり原告のリコール妨害の圧迫に堪えかね、同年八月一一日各辞職届を被告の許に郵送して来たが、右辞職届は村委員会に提出すべき筋合なので被告はこれを同人等に返戻した。同月一五日滝尻委員は事態を憂慮しこれを収集すべく浜口、松本両名に村役場会議室に参集を求め、同日午後三時頃右三名会合の席上浜口委員長に対し本日の会合を正式の委員会にせられたい旨要求し松本委員も同調したので、浜口委員長はこれを了承して臨時委員会を開催した。右委員会において浜口委員長は松本委員長代理に対し委員長並びに委員を辞退する旨述べ、自己の辞職届を提出して退席したので松本委員長代理はかねてこのことあるを予想し予め招待していた補充員新井を委員に繰上げることとし、浜口の委員長辞職を承認する旨の議決をし、かつ、同人の委員辞職を自ら承認した。かくて新井がその後任委員として補欠せられ、委員会を続行したが、松本も病気を理由に辞職を申出て滝尻委員を委員長代理に指名して辞職届を提出したので、これについて前同様承認の旨議決し同日の委員会を終つた。次いで、翌一六日滝尻委員長代理は補充員上手を委員に補欠し同日滝尻、新井、上手の三名より成る委員会において新井が委員長として選任された次第である。右の如く浜口、松本の退職並びにこれに伴う委員の更迭は適法であつて、更迭後の前記委員会の構成も亦適法のものである。

二、被告は原告訴訟代理人の事実上並びに法律上の主張については次のとおり陳述する。

(一)  浜口雄太郎は委員長の職のみを辞めたのではなく、委員長並びに委員を辞職したのである。このことは同人が既述のような理由により委員の職務から身を引こうとした退職の動機からみても何等疑いがない。また、右八月一五日の委員会の会議録が残されていない理由は署名簿の審査をおそれた原告が同年八月九日村選管書記(兼任)向井、岡田両名を突如解職した直後の委員会であり、かつ、既述のような事情の下において、会議録作成の暇がなかつたためである。そして、会議録の作成は自治法規上の要件ではなく、また、大柳生村にはそのような委員会規程がないので委員会開催の事実がある以上右会議録のないことを以つて委員会の存在を否定することはできない。

(二)  市町村の選管委員並びに補充員の選挙については原告主張の如く必ずしも投票による選挙を必要とするものではなく、法第一一八条第二項の規定により指名推薦の方法によることができるものと解する。自治庁当局も従前同様の解釈をとつており、今日なお変更していない。また、全国各府県及び市町村の実状も殆んど指名推薦の方法によつており、投票の方法によつた事例は却つて例外に属する。

(三)  昭和三〇年七月三〇日の村議会での選管委員並びに補充員の選挙においては同日議場において法第一一八条第三項に従い被指名人を当選人とするかどうかにつき更に議会に諮つたうえ即日当選の決定が行われている。只、乙第一号証の村議会議事録にその旨の記載がないのは過失によりその記録を省略したに止る。

(四)  また、前記の選挙においては指名された補充員三名の序列を定めていなかつたのである。斯る場合には後日村議会でこれを定めるか、或は委員会において公平な抽せんの方法により補欠順序を定めるのが適当であらうが、大柳生村では右委員補欠の当日(八月一五日)迄その順序を定めていなかつたので、同日、委員補欠の必要が起るや、松本委員長代理は補充員中から新井を任意補充する便宜方法を採つたのである。然しこの委員補欠を以つて直ちに公正を害するとはいいえず、已むをえない措置として有効と解すべきである。

以上の如く本件村長解職賛否投票及びそれに至る迄の解職請求手続を管理執行した大柳生村選管委員会の構成には何等の瑕疵がないから原告の本訴請求は凡て失当である。

と述べた。

(証拠省略)

理由

まず、本訴の適否について判断する。

本訴は大柳生村長なる原告に対する解職請求について、昭和三一年一〇月二二日村選管委員会の名で行われた村長解職賛否投票の結果、過半数の同意があつたものとし村長解職の告示がなされたのに対し、右手続を管理執行した委員会の構成が適法でないことを理由とし、右賛否投票の効力に関し地方自治法第八五条、公職選挙法第二〇二条、第二〇三条によつて異議訴願を経て被告委員が昭和三二年一月二四日なした訴願棄却の裁決を不服とし本訴において右裁決の取消及び賛否投票の無効宣言を求めると云うにある。ところで原告が村長であつた右大柳生村は本訴提起後なる昭和三二年八月二七日、奈良県知事において関係自治団体の申請に基き同村を奈良市に吸収合併する旨決定し同月三〇日内閣総理大臣からその旨告示せられたことは原告の認めるところであるから右市町村合併は地方自治法第七条第七項により前記告示により効力を生じ、大柳生村は同日を以つて廃止され消滅した。従つて、その長である村長の地位も同日を以つて当然消滅し以後存在しなくなつたのであるから、右村長の地位が既に存在しない現在右賛否投票の効力を争う本訴は訴の利益を欠く不適法のものとなり、これを維持することができないと解する。

原告は、本訴において右賛否投票の無効が確定されると原告の解職がなかつたことになり、原告は村長として村条例に定める給料及び旅費を請求する権利を回復する利益があるし、また解職請求による不名誉を回復する利益がある。なお、奈良市では被吸収合併村の村長を同市参与の職に充てるので、原告は右賛否投票の無効を確定することによつて同市参与に就任する利益があるので、大柳生村の消滅後も本訴維持の利益があると主張する。村長解職賛否投票の効力に関する争訟に当る本訴は地方自治法第八五条によつて準用せられる公職選挙法第二〇三条の規定する選挙訴訟であつて現代民主政治の理念から一般人民からの争訟を許されているところから民衆訴訟と称せられている。そして、行政訴訟特例法第二条との関係については一般法と特別法との関係に当るとみてよく、取消訴訟の確定判決には遡及的効力が与えられていることは原告主張のとおりであり、ただ、その間後任村長の名で既になされた行政行為の効力には影響を及ぼさないのである。ところで、本件投票の効力を争う訴訟は裁判によつて投票の無効を対世的に宣言し原告の解職前の地位を回復するところに意義があるのであつて、被解職者である原告の個々の財産上の請求や原告個人の名誉回復のためだけでその前提となるべき投票の有効無効について独立の訴を以つて争わせる利益はないものと考える。而も原告のいう村長としての給料等請求権の行使は給付義務者である当該地方自治団体を相手方とすべきであり、相手方を異にする独立の訴においてその前提問題を争わせるとするのは全く無意味である。また、原告は解職請求による不名誉回復というが、村民の解職請求自体は民主政治の理念により住民に直接政治参与の権能を認めた制度であるから請求自体によつて原告の名誉が毀損せられたものとは観念しえない。若し違法な解職手続の管理によつて不法に名誉権を侵害されたと云うのであれば具体的損害がある限り加害者を相手方として損害賠償その他の請求の訴を提起しその訴において右の前提問題として争えば足ること前記給料等の請求と同様であつて、独立の訴を以つて対世的効力を附与する理由も利益も存しないものと云わねばならない。尤も、地方自治法第二五五条の二は長の解職賛否投票の効力はこの法律に定める争訟の提起期間及び管轄裁判所に関する規定によることによつてのみこれを争うことができる旨規定しているが、この規定は右の争訟は行政事件特例法によることなく、その提起期間及び管轄裁判所は地方自治法の定めるところによる旨を明らかにしたものであつて、前記のような財産上の請求等の訴の前提としても他の訴でその効力を争うことを許さない趣旨ではない。更に原告のいう奈良市参与に就任する利益があるとの点については地方自治法規には市町村の廃置分合によつて消滅する被合併村の長を合併市町村の役職に就かしめるべきことを定めた規定はない。従つて、奈良市参与の就任は同市の意思決定によつて定まる問題であつて、原告において本件投票ないし解職の無効が確定したからといつて当然右の役職に就任することを期待しうべき性質のものではない。また、前記のように解職投票の効力に関する訴において投票の無効であることが認容せられたときは確定判決の効力は解職当時に遡つて生じることになるが、それ迄の間に後任村長がその資格において行つてきた行政処分、または行政行為はこれによつて直ちに無効となるものではないから、原告の後任村長によつて行われた大柳生村の奈良市への合併の効力には影響なく同人が右合併の結果同市参与に選ばれ現在なお在任しているとしても、原告が第三者である奈良市の意思決定による選任行為のない限り右後任村長の役職を当然引継ぎ就任できる訳がない。要之、大柳生村の廃止により同村長の地位が回復不能に帰した現在本訴を維持する法律上の利益は失われているものといわねばならない。(最高裁昭和二六年一〇月二三日第三小法廷判決最高判例集五巻一一号六二七頁、同昭和二七年二月一五日第二小法廷判決最高判例集六巻二号八八頁東京地方昭和三一年一二月一五日判決、行政判例集七巻一二号三一六六頁参照)

以上のとおりであるから、本件訴訟は訴の利益を欠く不適法のものであるので、これを却下することとし、行政事件特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 乾久治 松本昌三)

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